無力感

Diary

朝雨だったが、昼ごろ止んだ。本当は朝から晴れていてほしかったけど、それでも嬉しかった。最近3日の記録。

月曜 雪

朝雪が積もっていた。いつもより早く起きたので、早く出ることができた。しごく当たり前のことだけど、早く出られるのはうれしいと思った。明日も少し早く起きられたらいい。
 
思えば金曜に出かけて良かった。土日はとても寒かったからだ。最近、土日が雪だったり、降らなくても寒いことが多い。願いがかなうなら、土日は暖かくあってほしい。秋も土日に雨ばかり降っていた。

火曜 暖かい日

全然違うチームの同僚と駅まで歩いた。10分くらい。「この人、稀に帰りのエスカレーターが同じになると、一緒にしゃべって帰ってくれるんだよな。人と話すのが好きなのかな。私に対してそうなんだから、誰にでもそうなんだろうな。すごいな。私なんて誰とも一緒に帰りたくないから基本的に逃げ回ってるのに」と思う。もと陸上部(長距離)の同僚は1週間に1回10キロ走ってるらしい。えらい!!!!!

水曜 建国記念日でお休み

母が家に一日中いるので、まぁ、こうなるよね、という展開。つまり、私がたとえ無為に過ごしたくても、なんか価値のあること、具体的に成果のあること、生活に寄与すること、をしなくちゃいけない展開になってしまうのである。例えばメルカリに出品するとか、なにかをリメイクするとか、古いものを修理するとか、編み物するとか、勉強するとか。いつもである。「役に立たない者は家にいちゃいけないんですか?」って聞きたくなるくらい、ぼーっとすることは許されない。

うつ状態の頃はさすがに日中寝てても何も言わなかったけど、病的だとは感じていたはずだ。昔から家がそういう「休めない」雰囲気で、そうであるからか、家にはソファもなかった。

母がいると、平日はそれこそ毎日判を押したような生活になってしまう。仕事と家の往復。同じ時間に起きて、同じ時間に出て、同じ時間に帰ってきて、ご飯を食べて寝る。休日はなにかしら必要なことをさせられる。休ませてはもらえないし、母自身も休まない。一生働いている。回遊魚のような人だ。動かなくなったら死ぬのだろう。働かざる者食うべからずの生き方をしてきた人なのだろう。それで、今日はなぜかマスクケースを古いブラウスから作ることに。別に欲しいと思っていなかったが、なぜかそうなってしまった。朝から。午後にはできあがったけど、疲れて、つらかった。かわいいものはできたけども。

なんで自分の生活なのに自分のペースでできないんだろう。不思議だ。母と一緒に生活していると、自分が母の生活の歯車になったように感じる。干支が、母が虎で私が兎だからではないかと思う(冗談ですが)。母が強く、私が弱い。ただただ自分にコントロール権がない感覚。無力感を感じる。それで、カフェに逃げて来た。カフェでは私の時間は私のものだ。無為や無駄は私のものだ。

いつか、また、学生のときや、就職してからそうしていたように、一人で生活したい。一生孤独でいい、というか、一生一人暮らしがいい。できれば死ぬまで元気で、一人で暮らしたい。自分の人生のハンドルを握りたい。必ず、この希望は叶えようと思っている。そのためには、運動をして、精神を健康でいよう(運動脳)。それから、やっぱり家賃補助の出る職場に転職しよう。

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