生みの苦しみ

Diary

今日は暖かく、風が強かったようだ。朝用事があり少し出かけたが、基本的には花粉を避けて家にいた。春になったなあ。

久しぶりの長いブログになる。間があくと息ができないようで苦しいので、ちょくちょく上げてはいたけど、ごく短いのしか書けてなかった。 最近、以前のいくつかの記事に「すき」をつけてくれた人がいて、それをきっかけに読みかえしたら、すごく長くて読み応えがあった。最近はそんな感じではない。長い文章を書くことができなさそうな日々だった。

書きたいことが二つある。

書きたかったこと一つ目。最近は、人と話したいように思う。2週間前に病院に行った時も、思わず心理士さんにたくさん話してしまっていた。悩みとかじゃなくて、いろいろな近況を。誰にも分かってもらえそうもないことでも、心理士さんなら聞いてくれる。なぜなら、それが仕事だからだ。

今の私は、人と話したいが、人と話したくない。関わり合いになりたいが、関わり合いになりたくない。曖昧だ。原因としては、ずっと仲が良かったAと距離ができたからかなと思うし、季節的なものもあるように思う。人恋しい季節というか、不安定というか、春とはそういうものなのかもしれない。要は、私は寂しいのだ。職場の映画仲間のOさんともとても話したくて、具体的には『プラダを着た悪魔』『英国王のスピーチ』の感想をシェアしたいのだが、話すタイミングがないか常に伺っている。こう書いてみると、ストーカーみたいでやばいな。笑う。

二つ目は、最近良いことがあった。書くとすると、マウントになりそうで、実に嫌なことだ。マウントは取るのも取られるのも大嫌い。「マウント」なんて、そんな概念、なくなればいいのに。これまでブログには明確に書いていなく、これからも書けない。とにかく、人生で初めてのことが起こった。やってみると、それはまさに「生みの苦しみ」の世界だった。答えがないから、やってもやっても、進んでも進んでも、手応えがない。なんだったら前に進んでいる感じがしない。実際、進んでは戻り、試しては却下し、の繰り返しだ。でも、楽しい。私になれる、ように思う。文章を書くのも、裁縫するのも、デザインするのも、根本的には一緒だ。創作というのはとても楽しいものだ。今回のように、状況が違うと苦しみも伴うのだということが明らかになった。また、性格的に、余計な想像をしすぎるタイプなので、益々もがき苦しんでいる。この初めての気持ちをどうしたらいいのか分からず、珍しく休日にモーニングに行ったり、花粉にまだ反応してなかった頃は、ひたすら歩いたりして、解消していた。

また、人は皆そうだと思うが、夜に気が弱くなると、「こんな私でいいのか…。」と自信がなくなる。昼間は逆に、「ばっちり!私ってすごくセンスがある!」と思える。このように、気持ちの上下にも翻弄されている。なかなか辛い戦いだが、友人、知人にはきっと分からないので、共有できずに、うじうじしている。

例えばさめざめと泣くほど、または蕁麻疹が出るほど苦しいかといったらそうでもなく、愉しさもあるので、バランスでなんとかなっている。大体できたので、明日、いったん終わろうと思っている。もう少し修正したら終わりか。物語は、終焉が見えてくると寂しい。 核心部分を書けないので、ぼんやりしたブログになったけれど、気持ちの整理のために残しておこう。noteには共有せずに、ブログにそっと上げようかなと思う。

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