昨晩は冷えた。朝、雪が積もっていた。起きた後も、しばらく、細かな雪が舞いながら降っていた。掃き出し窓から外を覗くと、雪に閉ざされた山荘にいるような気分。今日はたまたま午前中休むから、「まあ、昼には雪も止んで、出勤できるだろう」と余裕を持って考えられるけれども、朝から出勤だったら、 通常通り早朝に起きた時に、出勤できるか判断しかねて、ひとり焦っていたかもしれない。
寂しいことがあると、素直にそうと思えなくて、状況をすぐに受け止めきれず、困惑してしまう。後から思い出したり、人に言われてから、それが「寂しい」という気持ちだったことに気づく。「寂しい」という感情に対して、わたしは鈍い。積もった雪と、溶け落ちてくる雪の塊、風に飛ばされて散る粉雪。今朝はいろんな雪に出合った。今年二度目の雪景色の中、転ばないよう、駅へとゆっくり歩いた。
冷たい空気、広がる青空、スマホで聴くXGの音楽、マフラーの肌触り、水筒に入ってる家で淹れるほうじ茶。どれもが私に影響する。さまざまな種類の情報が私と混じってマーブル模様になり、水の循環のように体を巡る。地下水になり、水蒸気になり、雨になり、その過程で何かが生み出されている。
生み出された後の世界は、ほんの少しだけ違っている。ほんの少し変化した世界から、また情報を得て、マーブル模様になる。
なにも生み出せない時もある。なんだか状況が整わなくて、情報を受け入れられない時がある。鬱とかそういったことではない。単に、浸透圧ゼロなのだ。そういう時は、体内にエネルギーが貯まるのを待つ。寝て、起きて、食べたり、飲んだり、動いたり、手放したりして、力が満ちてくるのを待つ。力が湧いてきたら、また、循環ができる。多分、循環にエネルギーが必要なのだろう。
ものごとは、目に見えないレベルにおいて、互いに干渉し、響き合っている。それだから、私は、創造したり取り込んだりしながら、内部の水らしきものを循環させ、外と混ざり合い、心身ともに生きていけるのだろう。長い間、私に良い影響を与えていてくれた人に伝えたいのは、こういうこと・・・。
暖かい春の日のように照って、私を「作る人」にさせてくれて有難う。どこかで、また、読んでくれているといいと思っています。


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