心理面接記録

心理面接記録

メモ

昨日の心理面接を終えて、メモを上げておくべきと思ったので、クロードによる短縮版を上げることにした。(以下、クロード使用。)

昨日は、心理士から、ほかならぬ自分のために環境を変えられるのは長所だと、はっきり褒められた。

普段はフラットなスタンスの心理士なので長所と言ってもらえることは珍しい。

情があまり湧かないタイプという自己評価がある。でも、心理士いわく、実際には人間への好きという感情は存在しているはずだ。長く続く友人がいる事実がそれを物語る。

人間関係は誰とでも大変で、その大変さには程度の差があるだけ。心理士は熱心にメモを取り、「興味深い。自己評価としてそうなっていることも、言語化できることも珍しい。今までの人間関係に説明がつく」と言った。

私が人間関係をこれほど大変に感じていることは、見た目では分からない。そのギャップは大きく、その点も大変だろうと言われた。(以上、自分用の長い記録をクロードにより短縮、さらに加工した)

追記

今書いていて、さらに昨日の内容の中で思い出したことがあるので追記することにした。これまで私の同性の友人は、コミットを求めるタイプ(いわゆるかまってちゃんタイプ)が多かった。高校から大学までの「親友A」も、大学のツレも。両方、大学卒業後に離れることとなった。思えば二人ともそうだった。友人として以上の、肉親のような関わりを求めてくる場合もあった。

私は原因ははっきりしないが、そういう人に好かれやすい対象である。過去も、今も。

ただ、幼い頃や若い頃は人との境界があいまいで、人との距離が近い。大人になるとそういう人も変わっていくのだろう。人間関係の濃い青春時代を経て、大人になれば淡い人間関係になりやすい。私は今はそういった関係しか持っていないと思っている。いわば、気楽な大人の友人関係。

高校のバレー部から親しかった元親友Aからは、私がAの求める対応を取らなかった、期待外れだったときに、「私には親友はやむやむしかいないと思ってるかもしれないけど、もっといろいろな友人がいるんだからね」などと、今となってはよく分からないことを言われたりした。私の結婚やAの海外への就職など、お互いの環境の変化があり、Chatやビデオ通話での仲違いなどもあり、結果として離れることとなった。

ちなみに高校のバレー部は、大勢が未だに付き合いを続けているよう。私は病気になって脱落した。今は誰からも連絡はない。そもそもラインが繋がっていない。そのことについては、別に何とも思っていない。

ただ、結果、長く付き合えなかった(7年以上親友だった)Aのことを思うにつけ、「私は薄情であり人と長く付き合えた試しがない。飽き性であり、気分屋であり、長く付き合えないタイプの人間」と自分を責めることが多かった。

でも今日たまたま心理士とその話をして、そもそもAが「コミットを求める」のはAの問題であり、私の問題でないと分けることができた。Aと別れて10年以上たつが、やっと自分を責めずにこれからは過ごせると思った。良かった。昨日までと、今日からは私は少し変化したように思う。

私の感想(心理士にシェアしたものもしてないものもある)

数年の心理面接を通じて、バウンダリーを引けるようになった。他人と自分の範囲の区切りがつけられ、かつ、事実を見られるようになった。それで、自分を責めにくくなった。大きな変化。上記の「元親友」のことも、ようやく解釈が終わったようだ。「元親友」のことがあり、情が湧かないタイプという自己評価があった。でも、これを境に消えていきそう。

このたび、「元親友」を自分から剥がすことができた(「剥がす」これはフォロワーさんの表現を真似させてもらった)。

以上、色々な面で、一歩進むことのできるきっかけをくれた心理面接だった。一つには、自分の長所を認識することができた。二つ目に人間関係の根本的な大変さ、しんどさが心理士に本当に伝わったように思った。三つ目に薄情な人間という自分への評価を改めることができた。四つ目に元親友を再評価できた。これからは、例えば元親友のことを思い出しても、過去を悔いたり、自分を責めたりせず、さっぱりとした気持ちで過ごしていけると思う。

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